2017年1月31日火曜日

「中国百科 文化・芸術」第10章文学 「漢詩の全盛期」

漢詩の全盛期

唐の文学上の時代区分
李白と社甫は、中国を代表する大詩人である。その 2 人が同時代に生きたということは、繁栄と混乱をあわせもつ激動の時代が、彼らを、そ して彼らの作品を作り上げたと言っても過言ではない。唐を文学の流れによる区分で初唐・盛唐・中唐・晩唐の 4 期に分ける方法がある。李白と社甫 が生きた時代を盛唐とするのは、 2 人への評価の高さを示すものである。但し盛唐には他に、自然を詠った詩の多い孟浩然、王維、辺境地帯の風土を詠んだ辺塞詩に特色を持つ高適、岑参、王昌齢といった詩人がいる。

李白

黄鶴楼
 「詩仙」と称され、 8 世紀に活躍した李白の生涯は不明な点が多い。若 い頃は道士修行や、侠客との交際など、放浪の生活だった。玄宗の時に 推薦により翰林供奉となるが、約 2 年で辞職。安史の乱の混乱期も生き 抜いたが、最期は月を取ろうとして長江に落ちたという伝説もある。 李白は七言絶句を得意とし、自由な発想、と豪快な表現を特徴とする。数多い名作のうち、『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る』を紹介する。

故人西辞黄鶴楼 故人西のかた黄鶴楼を辞し
煙花三月下揚州 煙花三月揚州に下る
孤帆遠影碧空尽 孤帆の遠影碧空に尽き
唯見長江天際流 唯だ見る長江の天際に流るるを
目の前に情景が浮かぶような描写力とスピード感。李自の真骨頂である 。
李白が猿声を聞いた白帝城は長江の
泥水に囲まれて昔の風情は今いずこ?

杜甫

「詩聖」と称される社甫は、李白より 10 歳ほど年少。役人を志すもかなわず、仕官のため、生活のために人生の大半を放浪して過ごした杜甫の 作品には、失意と沈欝さがあふれている。中でも、彼は社会の矛盾を訴える詩を多く作る。日本では『春望』( 国破れて山河あり… ) が有名だが、ここでは晩年の名作、七言律詩『登高」の前半四句を示す。
風急天高猿嬬哀 風急に天高くして猿輔哀し
渚清沙白鳥飛廻 渚清く沙白〈鳥飛び廻る
無辺落木語講下 無辺の落木は請請として下り
不尽長江滚滚来 不尽の長江は滾々として来る
同じ長江を詠いながら、李白との作品との違いは明白であろう。

韓愈と自居易

中唐になると韓愈や白居易など、官僚としても出世をした詩人が登場する。 文章家でもある韓愈は、その文章と同じく詩も非常に難解だが、細やかな表現が特徴である 。 韓愈のいわば弟子のような存在で、その作風を受け継ぐ詩人に孟郊、買島、李賀らがいる。特に 27 歳で亡くなった李賀は、怪奇な題材を好み、異様な雰囲気の作品で有名である。 白居易はその字の白楽天のほうが、日本では馴染みがあるだろう 。 白居易は韓愈とは異なり、平易な言葉を用いて作詩を行なった 。 玄宗と楊貴妃の悲劇を詠った『長恨歌』は、七言百二十句の長編である。
後宮佳麗三千人 後宮の佳麗三千人
三千寵愛在一身 三千の寵愛一身に在り
金屋粧成矯侍夜 金屋粧い成って矯夜に侍り
玉楼宴罷酔和春 玉楼宴罷みて酔いて春に和す
宮廷の華麗さと玄宗の楊貴妃への寵愛の深さが感じられるが、この後、安史の乱の勃発による 2 人の悲劇的な末路が詠われる 。 白居易の盟友に元稹、劉禹錫がおり、柳宗元も独自の詩風で知られる。


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